前回は、罹災証明書の基本について触れました。今回は、私の実家が台風で被災した際、実際はどのように運用されたのかを書きたいと思います。

2018年9月、大阪府南部を台風21号が襲いました。テレビでご覧になった方も多いかもしれませんが、関空に渡る橋に船がぶつかり、通行止めになりました。実家は、4日間停電し、車のフロントガラスが割れ、屋根が壊れました。半年たってようやく補修が終わりました。

①申請期間は3~4週間!

被災してから、当初は2週間の申請期間を予定していたそうですが、これは手が回らないということでなんとか3~4週間に延長されました。それでも、片付けに追われたり、疲れ切って市役所に行くことができなかったという方々もおられました。

9月4日14時に最大風速50m。町内会の回覧板で罹災証明書の申請の呼びかけがあったのは9月14日。罹災証明書発行願いの当初の締め切りは9月18日。

「これは間に合わん!」という市民の声で、市は1~2週間延長しました。

②調査員は来ず、スマホ写真で認定

元々、母に「とにかく写真撮ったほうがいいよ」と伝えていたこともあり、母は被害状況を撮影し、プリントアウトして申請に持参しました。結果、スムーズに受理され、罹災証明書は2週間後に郵送されてきました。

本来は、調査員が被害状況を確認しにきて(1か月くらいかかる場合も)、その後、市役所に行って申請する、という流れです。しかし、調査員の人数は限られており、1か月以上待っていては、二次災害のリスクが高まりますし、そもそも生活再建に踏み出せません。ということで、「柔軟な運用」として、写真判定を取り入れる自治体も増えています。

2018年3月、内閣府は、写真判定などを活用した、罹災証明書の即日発行の可能性について会見で言及しました(リンク有)。災害後は、あわただしく、しかも心身ともに疲労しています。罹災証明書など重要書類を効率よく入手して、保険給付金や災害見舞金・住宅改修支援金を受け取り、生活再建をはじめたいものですね。***

③住民票がないため、災害見舞金・住宅改修支援金は無し・・・

実家は大阪でもかなりの山側(田舎)にあるため、隣の家も使っています。電気・水道・ガスも引き、手入れも行っています。私も産後滞在し、今も両親とも毎日使用していますが、住民票がその家にないため、空き家とみなされて災害見舞金・住宅改修支援金や保険金はおりませんでした。確かに災害対策基本法第90条の2では「住家」が対象と書かれています。知らなかったからこその痛手。皆さんも、ご注意ください。

結局、車と家2軒の屋根補修で230万円くらいかかりました。(保険給付、支援金で8割くらいは賄えました)

【まとめ】

被災したら、認定されるか分からないと思っても、まず写真を撮っておきましょう。つい片づけたくなりますが、その前に現状の写真を、なるべく多方向から撮ることです。車やバイクも忘れずに。

特に、屋根の修復が必要になる場合は、下から見てもわからないですよね。隣家の2~3階や近くの高い建物などから撮影させてもらうと良いです。実家の場合は、裏山の上の家が「うちからよく見えるから、写真を撮りにきたら?」と誘ってくださいました。そして、「とりあえず応急処置しとくわ!」と屋根に上って仮処置をしてくれました。被災地では、工事の順番がなかなかまわってきません。悪くすると半年~1年そのまま。そして、次の台風で雨漏り・・・という悪循環にはまります。ご近所さんに助けられたわけですが、やはり頼りになるのは近隣の方との関係かな、と思いました。

そして、母の感想です。

「屋根や車の補修は、大地震に比べればたいしたことないはずなのに、補修が終わるまでなんともいえない、暗いいやな気持ちが続きました。罹災証明書、住宅改修支援金、保険の請求、工事業者探しと支払い・・・そのたび、何度も市役所に行き、納税証明書などたくさんの書類をそろえなければならず、今回は一人でやり切ったけど、あんなに短期間でよくできたな、と思います。過労やストレスで入院した友人もいます。

津波で家族や家を失ったり、仮設住宅で暮らす方々はどんなに大変だろう、と、比べものにならないけれど今回自分が被災者になって、改めて考えました。

事前に知っているのと知らないのでは、大違いです。いざというときは、平常心ではいられないし、疲れ切っています。やるべきことを心づもりしておくというのは大切だと実感しました。」

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瓦が飛びました